85年、「夕やけニャンニャン」(フジテレビ系)から生まれたおニャン子クラブ。デビュー曲「セーラー服を脱がさないで」の軽快なメロディーとともに、彼女たちが着ていた色とりどりのパステルカラーの衣装が若者たちの間で人気沸騰した。水兵さんがトレードマークだったブランド「セーラーズ」のトレーナーだ。そこの女性社長、三浦静加さんはマスコミで引っ張りだこになった。今どうしているのか。
■「渋谷にあったわずか9坪の店に終わりが見えないほど長〜い行列ができました」
「女性誌『JJ』でセーラーズの商品が取り上げられ、まだ若手だったとんねるずやシブがき隊が着てくれたのが始まりでしょうか。その後、『夕やけニャンニャン』のディレクターさんからおニャン子の衣装を頼まれ、ブームに火がつきました。ホント、おニャン子の反響はケタ外れ、スゴかったですよ。渋谷にあったわずか9坪の店に、終わりが見えないほど長〜い行列ができましたから」
世田谷の閑静な住宅街にある自宅で会った三浦さん、まずはこういった。
「“1日の入店は2000人まで”“15分40人の入れ替え制”“お買い物はおひとりさま15万円まで”“15歳未満の方は保護者同伴”とルールを作っても、商品が追いつかない。いきなり年商28億円を記録しました」
居間には三浦さんとマイケル・ジャクソン、小錦、谷亮子らとのツーショット写真が。
「他にはスティービー・ワンダーやホイットニー・ヒューストンなどの衣装も手がけました。みなさんに愛されたと感謝してます。でも、お店は13年前に閉め、今は私がデザインしたバスタオルをAmazonで売ってるだけです。2011年にAKB48の女の子たちがおニャン子のカバーをやるからと、トレーナーを依頼されて特別に作りました。その放送を見た方から懐かしがる問い合わせが殺到、ぜひ復活して、という声もたくさんいただきましたけど……」
そう、ここで知りたいのは閉店の事情だ。
28億円の年商があって、スゴ腕の女性経営者としてマスコミにも注目され、「大型店からの出店のお誘いも山ほどあった」のに、なぜ宝の山を手放してしまったのか?
「あまりの突然の店じまいに、死亡説まで流れたようです。実は私、46歳で娘を出産したんですが、1歳のときに脳性マヒと診断されましてね。ハンディキャップがあることを知ってからは、娘のために人生を捧げようと、渋谷の店を閉めました。迷いなんて全然ありませんでしたね」